おれと老山龍砲【上】
オトコは。
それを安置する場所をもっとも思い出のふかい、ある村に決めた。ハンターという職業が誕生した村であり、そのオトコ自身が生まれた村でもある。
その村の名は今回の物語において、さして重要ではない。よって、ここではその村については語らないこととする。
さて。
話をしよう。
オトコはその村で育ち、ハンターとなった。そして、そのヘビィボウガンと運命的な出逢いを果たしたのである。
愛銃と共にあらゆる依頼をこなしながら各地を渡り歩いていたオトコは、あるとき、海の向こうに広がっているという新大陸行きの船へと乗り込むことに決めた。
出立前日の夕刻。
オトコはこれからさき、もはや撃つかどうかも分からない、長年連れ添った愛銃をきれいに磨き上げた。炸薬の爆発によって弾丸を吐き出し続けていた銃口は黒くすすけている。重いトリガーは繰り返し引かれたことによる磨耗だろうか、いまはにぶく軋った。シレツな戦いのなかで銃身についた傷がオトコの身体に刻まれた古傷と感応し合い、ハートにとっぷり夕陽がしずむ。申し訳程度の窓から射しそめる斜陽が銃を照らし、ガリ傷だらけの長いバレルがものうげに煌めいた。
カラの弾倉。
「ゆっくり、休んでくれ…。」
オトコは銃を石壁にそっと立てかけてから、ひとこと語りかける。それからすぐそばの粗末な机に向かった。五冊の調合書が並んでいる。すみのほうに重ねられた古い紙には、弾丸の難しい作成手順がこまかに記されていた。ながい年月によって茶褐色へと紙のはしが変色してしまっている。
オトコは小瓶のフタを開けた。
茶色の羽根のペンを執る。むかし、オトコが近くの森と丘でひろってきたやつだ。なんでも、自分でなんとかしなければならなかった。すすむために、多くの努力を費やさなければならなかった。そんな貧しくつつましい生活が、荒々しくも生きる力に満ちた明日を運んできた。
この羽根ペンもずいぶん長いこと使っている。思い返せば良い半生を送ったと、オトコは感じ取った。
いつもの手つきで、オトコは羽根ペンのさきを小瓶のなかにそっと入れた。
オトコは、なにも記されていない紙にペンさきを置くと、かすれた音をしずかな自室にひびかせ始める。
満足のいくまで想いをしたためると、オトコはいまいちど愛銃に視線をやった。目をほそめて哀愁ただよう笑みをセンベツ代わりにくれてやると、オトコは少しばかりの荷物がはいったズダ袋をヒョイと肩にかけ、足取り重く家を出ていった。
机のうえには、どうしようもなく不器用なオトコのラヴレター。まず始めに、走り書きされている文字は。
【おれと老山龍砲】
であった。
オトコの愛したヘビィボウガン。
その名は、老山龍砲といった。
ラオシャンロンホウと読む。
岩山のように巨大な古龍、ラオシャンロンの頑強な素材をもとに組み上げられた、大火力の一丁である。
【おれと老山龍砲】
………1枚目。
おれは星に導かれ、新大陸へ行く。
ここに帰れる保証はない。つまり、コイツをまたデートに連れ出してやれる保証はないということだ。コイツはおれの相棒だ。誰の手にも渡らないようにしようかとも考えたが、錆びつかせるには惜しい名砲だとおれは思っている。
メンテナンスは万全だ。
撃とうと思えばいつでも撃てるだろう。撃鉄は炸薬をぶっ叩く瞬間を待っているし、銃口は弾丸を吐き出したがっている。撃ちたいやつは持っていってもらってかまわない。
そしてこれは、おれからのはなむけだ。
この老山龍砲について、おれが感じたことを書いておく。すこしでもこの銃に興味をもち、また運用に役立ててもらえれたならば嬉しくおもう。
但し書きとして、あとすこし。
あくまでおれ個人の感性であることを忘れないでほしい。おれはきみの感性を否定しない。これがおれの身体と心で感じた老山龍砲であり、おれなりの老山龍砲との付き合い方だったというだけだ。
きみはきみの感性をたいせつに。
おれからのあいさつは以上だ。
………手紙は2枚目につづいている。